モラル・ハザード

鹿児島大学 岡本 嘉六

 

「京都で第三例の疑いが出ましたが、農場からの通報が遅れ、匿名電話で判ったことについてどう思われますか?」という電話がマスメディアからあった。「何を言っても、どうせ、真意を伝えてくれないから、コメントしない」と断ったが、「風評被害を抑えるために、是非」というから、先ず、「通報遅れ」を強いているのはマスメディアであることを説明した。

 

当該農場にはそれなりの補償があるため、被害を最小限に食い止めるために多数の死亡があれば家畜保健所に届け出ることは、そんなに無理なことではない。しかし、近隣農場が移動禁止となり出荷できないだけでなく、周辺全域の需要が落ち込むことを考えると、「そうでないかもしれない」ことを望んで経過観察期間が延びることもある。当該農場だけで収まらないことに悩み、「通報遅れ」を起こさせているのは、他ならぬマスメディアであることを書いてください。モラル・ハザードは、当該農家ではなく、マスメディアにあることを書いてください。

 

「わが社は、鶏肉や卵から感染しないことは書いています」と釈明するので、「小さな字で書いてもしょうがない。<見出し>で、日本では鳥インフルエンザ患者は発生しない』と書け」と怒鳴ってしまった。<危ない情報>を<見出し>にして、申し訳程度に小さく感染性が低いことを書くのは、記事の正当性を主張することにはならない。<見出し>が重要なのであって、本文を読んでも読者が受け止めるポイントは<見出し>であることぐらい、記者なら常識であろう。

 

日本では鳥インフルエンザ患者は発生しない』根拠を説明したが、納得しない。「それでは、ヒト・インフルエンザで毎年何人死んでいるか知っているのか?」と聞いたが、無言であった。不勉強もはなはだしい。「リスクを正確に伝えることが大事であり、現実にある健康危害を正確に伝えなさい」と、またまた、怒鳴ってしまった。

 

「東南アジアで起きている鳥からヒトへの感染を抑えることが、新型ウイルスの誕生を防止する要であり、国内の微々たる問題を報じるより、現地の作業機材の支援を呼びかけろ」と言っても、「わが社は、そのように書いています」と弁明するばかりである。「本文ではなく、<見出し>を言ってるのだ」と、無性に腹が立つ。「農家ではなく、あなたがモラル・ハザードを起こしていることに気づくべきだ。農家より先に、マスメディアがモラル・ハザードを起こしているんだ!」と電話を切った。