食の安全と生命観

鹿児島大学 岡本嘉六

鳥インフルエンザが連日テレビを賑わせている。「〇〇で新たな死者、これで〇〇人目…」、「ヒトからヒトへの感染性のある新型ウイルスの出現は…」という紋切り型の速報は国民に何を伝えたいのか?

先月末に次のメールが入った。

地域調査の時に渡り鳥が良く飛来する池で、そこの水とヘドロに直接に手に触れました。その後忘れてしまい、手洗いすることなくお菓子を食べたり昼食を食べました。その後、山口の鳥インフルエンザが渡り鳥が原因ではないかと疑われ、自分も心配になって関係のホームページにアクセスしました。新聞や行政関係のホームページには渡り鳥が飛来する水域の水と触れないようとの指摘もあり、更に不安となりました。

岡本様のホームページを読んで、インフルエンザ・ウイルスの振る舞いについての基本的な考え方を示して頂き、水鳥から直接人間が感染することはないとやや安心しました。また通常のインフルエンザウイルスは、豚を経由して人間に感染することも理解しました。しかし、その水鳥が豚から再感染していた場合はどうなのだろうかと再度不安になりました。読んだ限りでは、豚のインフルエンザ・ウイルスがそのまま水鳥に感染する可能性はないと判断したのですが、どうも不安の方が理解より優位な状態です。またそのような事態が起きる実際の可能性でいえば、非常に少ないとは思うのですが、まさに不安増幅心理に陥っております。

もしこの件でお考えをいただければ幸いです。

私は即刻次のように返信した。

 「全く御心配には及びません。「水鳥が豚から再感染していた場合」には、WHOが心配している「新型ウイルス」の誕生を意味し、世界各地での大流行となるでしょう。日本ではブタのインフルエンザ発生はきわめて少なく、日本で「新型ウイルス」の誕生は考えられません。中国や東南アジアで誕生したとすれば、現地でヒトの大流行があるでしょうし、渡り鳥より飛行機に乗ったヒトが日本に運んでくるでしょう。

「さっそくのご返事ありがとうございます。安心しました。」と再返信があったが、このような不必要な不安を増幅させるだけの報道は如何なものか?

国民が知りたい事は、死者数の速報などではない。「何故、新たにこのようなウイルスが登場するのか?、 新型肺炎など新興感染症は、どうして次から次へと誕生するのか?」、「海外で発生した新たな感染症に対して、国は、国民はどのように対処したら良いのか?」という基本的情報である。起きてしまったことに対して、「誰のせいなのか?」といった責任論を先行させると、その対応に追われてしまい、緊急に必要な措置に遅れを生じる危険性がある。死者の数字を上げるだけで、恐怖心のみを拡大することは、基本的情報がないまま責任論へと突き進みかねない。これまでの「食材バッシング」は、そうした経過を辿ってきており、実際に必要とされる対策がその場を取り繕うものにしかならなかったことを、もっと真摯に受け止める必要があろう。

メディアが「リスク・コミュニケーション」に果たすべき役割は非常に大きいが、どのように対処したら良いのかを国民が考えられるように、基本的情報を正確に解り易く伝えることが大切であろう。

新興感染症は、どうして次から次へと誕生するのか?

エボラ出血熱、腸管出血性大腸菌(O157)、レジオネラ症などの新たな病原体(新興感染症)の出現は、生物が進化し続けていることの証であり、進化を止めることができない以上、冷静に受け止めるしかない。細菌を例にとれば、1回の分裂に20分程度しかかからず、人間が25年で次世代を作ることと比べれば、実に65万倍もの開きがある。生存環境に応じて、遺伝子(DNA)レベルでの変異が繰り返されており、その中から新顔が出てくることになる。その頻度は、単純に世代間隔を人間と比べると65万倍であり、世界の人口と細菌数を加味すると、途方もない数になろう。(農場から食卓までの一連の対策に基づく食肉の安全性の向上(3)

第3回で書いたがもう少し噛み砕くと、通常の細菌は20分に1回分裂するが、1時間で3回、1日で72回、1年で26,280回の世代交代が行われている勘定になる。人間がこれだけの世代交代をするには、母親が25歳で子供を生むと仮定すれば、実に657,000年かかる計算になる。腸炎ビブリオなどは10分に1回分裂するので、これを基にすると、腸炎ビブリオは1年で人間の131万年に相当する世代交代を行う。

 進化とは、遺伝子の交雑やDNAレベルでの変異によって生存環境により適した個体が誕生することの繰り返しであり、その頻度は世代交代時間の逆数と相関する。 すなわち、人類が数十万年かけた進化の歴史は、細菌の場合わずか1年間で達成されることを意味する。次々と新しい変異株が登場するのは、ごく自然なことであり、環境破壊や薬の進化への影響は二次的なものに過ぎず、細菌の置かれた環境を変えることで進化の方向性を左右するだけである。 人間が何もしなくても、細菌が進化を止めることはあり得ないのが「生命の進化」の概念である。交雑や変異の頻度が細菌に比べて桁違いに多いと考えられるウイルスでは、「種の中の変異株」に留まらず「新種」が誕生する機会も多いと想像される。(新型肺炎(SARS)と「ダーウィンの進化論」

こうした「生命観」が欠落していると、次々と登場する新たな病原体について、「誰が悪いのか?」という「犯人捜しゲーム」に明け暮れることになる。

重複感染すること自体も頻繁に起きることではないが、ブタの細胞内での遺伝子組み換えの結果できる種々の「新型ウイルス」の中で生物としての機能を保持するのは、動物における遺伝子の異状による奇形と同様、ごく一部に過ぎないであろう。さらに、ヒトのα2-6レセプターに対応するものとなると、きわめて希にしか起きないことになり、それが1020年周期という結果になっている。変異は合目的に起きるものではなく、変異の方向性はバラバラであって、そうして出来た個体が生き延びられて初めて新種の誕生となるのが「生物の進化」である。「悪魔がいて、罰を与えるために新しい病原体を作る」といった中世以前の空想めいた話ではない。(共生と競争の生物界(1) インフルエンザ

いずれ発生すると予測される「新型ウイルス」についての心構えが必要とされており、それは「責任論」ではない。ランダム(無作為)に起きる進化を予測することは「神のみ知り得ること」であり、現在の科学水準で「全ての」、「完全な」予防対策を講ずることは、元来不可能なことである。「少しでもマシな」対策が採れるよう、専門家の研究支援をする必要がある時に、メディアの「情報垂れ流し」に対応するため「説明責任」を果たすことは、大きな回り道となろう。

国は、国民はどのように対処したら良いのか?

WHOは、東南アジアでのヒトの感染が拡大すれば、ヒト・インフルエンザに重複感染した患者の体内で遺伝子組替えが起こることによって、ヒトからヒトへの強い感染力をもった「新型ウイルス」が誕生する危険性を指摘している。そのために、鶏の殺処分に従事するヒトの感染を防止することが緊急の課題であり、国際的支援を要請している。消毒薬、防護マスク、厚手の手袋…等々の支援要請がある時に、「野鳥の飛来地で感染が起きないか」という個人的問題にすりかわってしまう国民感覚を正しく導くことが必要だろう。WHOが恐れる「新型ウイルス」が誕生した暁には、個人的防衛など吹っ飛んでしまうことだけは確実である。

19572月に中国の雲南で発生した「アジア風邪」は、船舶が主要な交通手段であった時代でも、半年で世界中に広がってしまった(流行拡大の図)。高速ジェット機で大量の物資やヒトが移動している現代においては、瞬く間に広がることを覚悟しなくてはならない。渡り鳥が飛ぶ速度とジェット機を比べれば、どちらが早いか自明のことである。鴨が運ぶのは多種多様なインフルエンザ・ウイルスであり、「新型ウイルス」を運ぶ訳ではない。一般論としては日本に飛来した鴨が運んだウイルスが、ヒト・インフルエンザに重複感染した患者の体内で遺伝子組替えが起こる可能性を「100%」否定することはできない。しかし、その可能性を遥かに上回る確率で、東南アジアでの「新型ウイルス」誕生が懸念されているのである。国や国民が為すべきことは、東南アジアに支援の手を差し伸べることが最も緊急で重大であることをメディアは伝える義務があろう。

今必要なことは、WHOに協力して東南アジアの流行を一刻も早く封じ込めることであり、国民の関心をそちらに向けることであるWorld Influenza Centerによる世界的監視網)。