BSE牛の発生から1年、原因究明はどこまで進んだか?
東京大学大学院 農学生命科学研究科 吉川 泰弘教授
1、BSEパニック
そもそも日本のBSE議論は100%安全かという議論で始まり、最終的に100%安全とは言えないといった途端に、ゼロリスクを求める人は、それが100%危険であるという議論にすり替えてしまう。身の回りの現象は0〜100%の間のリスクで推移している。食品の安全性に関してもYesかNoかという定性的なものではないという考え方が基本的に重要である。昨年、わが国でBSE牛が発見され日本中がパニックに陥った。1頭目がでた後、日本では英国のようなBSEの蔓延は起こる可能性がないので冷静になるべきだと主張したが、全く受け入れられなかった。その時の根拠は以下のように要約される。
プリオンの異常性に注目すると、一般的な感染症と全く別ではないかという考えが出てくる。確かにBSEは謎につつまれた点は多いが、基本的には伝播力の弱い、発症までの潜伏期が非常に長い感染症である。感染症の流行には3つの基本的要素がある。
1)アウトブレイクが突然起こるように見えて、その前に潜行期という離陸する前の流行がある。
2)アウトブレイクが起こるには必ず増幅回路がなければならない。
3)病原体が色々な動物種を巻き込むには、種の壁を越えて伝播する必要がある。
従って、BSE対策は以下の要素を絶つことにつきる。牛から牛への伝播、種の壁を越えて牛から人への食品等を介した伝播。輸血や臓器移植による人での増幅回路である。
肉骨粉の製造・使用禁止は一番基本になる増幅回路を止めるわけであるから、最も本質的対策である。増幅回路を早めに止めればアウトブレイクには至らず、散発的流行で終わる。
日本のBSE対策のような厳しい措置を取ると、普通の感染症はその時点で流行が終り効果は目の前に出てくる。しかし、この感染症はそうではない。これが混乱を招く理由の一つになっているし、注意しないとこれからも混乱を招くことになる。BSEの原因究明に関しても同じ過ちを犯す危険性がある。BSEは非常に潜伏期が長いことから、対策を取ったとしても、時差から対策が有効に進行していかないように見える。昨年10月BSE伝播ルートの全てを絶った。従って、これからは全て過去の負の遺産が出現するわけである。そこで過去の負の遺産を推定してみた。英国からのBSE拡散の主たる原因として、汚染牛と汚染肉骨粉の輸出が考えられている。貿易統計では、過去の日本における英国からの輸入牛(28頭)、EUからの汚染肉骨粉の輸入(約8万トン)および英国からアジアへの汚染肉骨粉輸出と、そこから日本への再輸入があったと仮定した場合の最悪シナリオで約5千トンとなり、この場合はBSE発症頭数が30頭前後という数になる。
予想される範囲として数頭〜数十頭のBSE牛が最大2010年頃まで検出される可能性がある。しかし、肉骨粉としての再利用を禁じられているので増幅回路はあり得ない。BSE牛が散発的に検出されるとしても、英国の様なアウトブレイクは起こらない。
また、英国ではこれまで約75万頭のBSE牛が食用に廻されたと推定される。EUと日本は、英国の例をみて早くから規制を導入しており同じ状況ではない。しかし、そのようなことを考慮に入れないで単純比例計算すると、英国ではvCJDの患者が500〜750人位出てくるだろう。
日本の場合vCJDの確率は、0.017〜0.026人と推定される。すなわち今回のような規模のBSEの侵入を40〜60回受けると、1人が発症する可能性があるということになる。
2、原因究明はどこまで進んだか?
あのパニックから1年が経過し、国民はかなり冷静になってきたが、原因究明が進まないことに苛立ちを覚えているようでもある。過去のデータを調査することは容易ではない。また通常の感染症のような、免疫抗体や病原体の遺伝子検査が出来ないために、疫学調査はもっぱら聞き取りと帳簿検査、外見の臨床検査と屠殺時や異常牛のBSE検査結果に限られる。
初発国の英国では対策が後手後手に回ってしまい、アウトブレイクになってしまった。EUの高汚染国は物流、資源移動、経済圏のボーダレス化により、一定期間、定常的にBSE汚染を受けた可能性がある。しかし、上記の条件からはずれる日本の場合、BSE汚染は小規模に不連続的に起こった可能性が高い。前述したように、英国からの生牛輸入(90年前後)、アジアからの肉骨粉再輸入(90年代前半)、EUからの獣脂輸入(95,96年)、EUからの肉骨粉輸入(90年代後半)、および国内でのレンダリングによる汚染回路の可能性(90年代前半、90年代後半、2001年の国内汚染例)が、それぞれ考えられる。農水省等の調査により、ここ1年間でかなりの情報が収集されたが、ほとんどは95,96年生まれの5頭の発症牛を中心とした、輸入時点のリリース・アセスメントと発症個体を中心とするボトム・アップ調査による汚染経路の解明であった。95,96年生まれの5頭のウシは出生日が非常に近く、東日本に分布していることから、汚染源がそれ程広汎に行き渡っていないことを推測させる。
5頭に共通する因子は95、96年の輸入獣脂あるいは肉骨粉飼料の交差汚染に絞られつつあるが、コホート群や症例対象調査のような、疫学専門家による原因解析が必要である。
しかし、重要なことは前述したように汚染経路の可能性は複数考えられることである。大変であっても、複数のリリース・アセスメントから、それぞれのエキスポージュア・シナリオ(暴露シナリオ)について疫学調査とリスク分析を進める必要がある。
1998年のイタリアからの肉骨粉のロットや2001年のBSE汚染牛がレンダリングに回っていると、95,96年とは別のロットによるBSE陽性牛がこれから(平均5年の潜伏期として2003年〜2006年)、検出されることになる。
国民も行政も単一の汚染シナリオを頭に描いて原因究明を推し進めていくと、これから出現する過去の負の遺産を読み違えることになる。その意味でも現在進めている原因究明だけで全てが解決されると思わないほうが良い。EUでのBSE陽性牛が屠場検査で見つかるよりも、異常・死亡牛で見つかる頻度のほうがはるかに高いことからすると、来年から始まる死亡牛全頭検査により、原因究明が進むことが期待される。BSEパニック時は冷静になることを要求したが、喉もとを過ぎるとすぐに忘れる人が多いので、これからはBSEに対する監視を忘れないで行くことを要求しなければならない。まだ終わったわけではないのである。清浄国宣言をするのに最終発症牛から7、8年間検査を継続する必要がある。従って2015年頃まで検査が必要な長丁場の勝負になるという覚悟がいる。
3、安全と安心の相違
ここ1年間、BSE問題を大学以外で説明する多くの機会に恵まれた。リスク・コミュニケーションとして一般の人に説明する時、最も戸惑ったのが安全と安心感の相違であった。マスコミの評論家がパネルディスカッションで安全と安心の違いを強調されたが、この違いの根底が何処にあるのか、その時は明確に理解が出来なかった。何となく心の底に引っかかるものが残った。最近、
リスク・アセスメントの計算式に2つの式があることを知った。第一の式では、総合危険率は個々に起こる事象の危険率(P)の積であるPn
、安全率は1−Pnで表される。我々がいつも使う式である。第二の式では、総合安全率は個々に起こる事象の安全率の積(1−P)
nとなり、総合危険率は1から総合安全率を引いたもの、1−(1−P)nである。結果的に前の式は危険率の積であり、後の式は危険率の和となる。
大事故を避けるため生産工場等の現場では、製造工程の各段階に検査を導入し、事故の起きる確率(総合危険率)が出来るだけ少なくなるような方式を取っている。この場合、総合危険率と安全性を示す式は第一の式で、それぞれP
nと1−Pnとなる。Pは各段階で設定される危険率で、1−Pnは全体の安全性として説明される。我々はいつもこの方式で、安全性の保証をしている。全部の過程で危険が重なる最悪のシナリオは、ほぼゼロに等しい。念には念を入れるほど安全性が高くなるという発想である。
他方、消費者は安心感のために、しばしば後者の式を変形して使う。安心できる確率はどの段階でも危険の起こらない確率・1−Pで、完全に安心できるのは全過程で危険の起こらない確率・(1−P)
nということになる。裏返せば不安感は1−(1−P)nになり、操作が複雑になるほど不安が大きくなるのである。検査を多くして、積算危険率を減らし安全性を高めるより、産地直送のワン・ステップのほうが安心感は高いことになる。また、
この式を使うと、どこかの段階で安全性が全く保証されない場合には(P=1の段階があると)、(1−P)nはゼロになり、不安感は100%になってしまう。しかし前の式を使った場合、Pが各段階で2分の1であれば、たとえP=1の段階がどこかにあっても、総合危険率は例えば0.1%が0.2%になるだけである。
最初にBSE議論は定性的に100%安全かという議論で始まり、どこかで100%安全とは言えないといった途端に、それは100%危険であるという議論にすり替えられてしまう、と述べた。しかし、この違いは定性的と定量的の違いではなく、安全性という確率論と安心感という心理の違いであるかもしれない。
具体例をあげれば、たとえ50歳で糖尿病になる確率は50%あるとしても、糖分を控えればその確率は半分の25%に、暴飲・暴食を控えれば、その半分の12.5%に、さらに週1回運動すれば6.25%、ストレスを避ければ3.125%、休暇をとってリラックスすれば1.5%以下になりますと、お医者さんは説明して安心させる。これが第一の式である。我々もいつもこの式を利用する。他方、不安の解釈は以下のようになる。50歳で糖尿病の確率は半分もあり、発症しない幸運を引き当てても、糖分を取れば半分保証されないのだから、糖分を控える必要がある。運が良くて、かつ糖分を避けるグループに入れる25%の確率で安心できる。その上で暴飲・暴食を避け12.5%のグループに入らなければならない。週に1回運動して6.25%のグループに、ストレスを避けて3.125%のグループに、休暇を取って1.5%以下の確率グループに入れば、ほぼ糖尿病にならないですむという安心感を保証される。ということはこれだけのことを全部クリアーしなければ、心理的不安感は98.5%ということになってしまう? なにもしない50%の不安感のほうがましか? ゼロリスクと安全神話、リスク・コミュニケーションとはこうしたギャップを埋めることでもある。