国産牛肉の安全性に関する講演会

 

 

 

演 題

日本のBSE(ウシ海綿状脳症)リスク分析

 

東京大学大学院農学生命科学研究科教授

 吉川泰弘

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  日 時 平成15年2月

                長野県 飯田市

(平成14年12月行われた、中野市での講演記録より、一部改変)

最初のスライド(スライド番号1)をお願いします。

 ちょっと耳なれない言葉ですけれども、本日は日本のBSE(牛海綿状脳症、いわゆる狂病牛)のリスク分析という題になっております。私自身はBSEが起こる前からスローウイルスとしてのヒトのプリオン病を医科研時代から十数年間やっていて、この病気が普通の病気と違う特徴をもっているということは自分なりに理解していました。しかし、この一年を振り返ってみると、日本ではそんなに騒ぐほどのことにはならないということを言い続けてきたのですけれども、なかなかその趣旨が伝わりませんでした。結果として日本的なパニックになりました。その間、何回もマスコミとやりあったりして、どうもこの話は単純に感染症の話だけでは済まないということを徐々に理解するようになりました。

そこで今日はリスク分析という自然科学者の範囲だけではなくて、行政対応を含めたリスク・マネージメントの問題、それからマスコミを含めたリスク・コミュニケーションというのは一体どういうものなのかをBSEを例にとって、振り返って見たいと思います。ここ一年いろいろな場面で大学の研究室とは違う経験をしてきたものですから、そういう総合的な面からBSEの問題を振り返ってみたいと思います。したがってここに書いてあるような5つのテーマについてお話ししたいと思います。

 

次のスライド(スライド番号2)。最初に「BSEのリスク科学」というちょっと耳なれないタイトルになっています。

次のスライド(スライド番号3)をお願いします。リスク科学という言葉があるかどうかはわからないですけれども、例えば地震の予測とか原子力発電の安全性、あるいは最近問題になるような食品の安全性を含めて、身の回りに起こるいろいろな危害(ハザード)の確率というか、どの程度の被害のものが、どのくらいの確率で起こるのだろうかということを考える学問が、リスク科学という分野です。私たちのやっている普通の自然科学と大きく違うのは、単純に自然科学だけではなくて社会科学的側面が非常に高い、ある意味では境界領域の分野になります。リスク科学の中の自然科学的な側面の一つの特徴は、例えば毒性試験のように動物を使ってあらかじめ評価をできるような実験的な側面があることです。仮説を立てて実験をし、その結果から新しい評価のための仮説をつくるということが自然科学では可能ですけれども、社会的に起こる危害はほとんど社会現象であって、BSEもそうですけれども、なかなか実験的にモデルをつくるというのが難しい分野です。

 リスク科学はリスク評価、リスク管理、リスク・コミュニケーションという大きく三つの要素からなると一般に整理されています。自然科学者が一番登場するのはこのリスク評価で、その中の特に過去の事例の分類と分析というところを担うわけです。 しかし、大きな思い間違いをしているのは、自然科学者が自分たちの役割はリスク評価などより、もっとずっと広いと意識していることです。もう一つの思い間違いは、国民も自然科学者なら大体全てのことが判るだろうと思っています。この二つの誤解が重なっていろいろな面で問題を起こしています。リスク評価には過去の分析とそれに基づくモデルの作成と予測という役割があります。また、リスク管理には予防措置と起こってしまったときの危機管理、それも短期と長期の対応という問題があります。リスク・コミュニケーションには情報の収集・提供、行政からの説明責任、国際的な標準化とか、あるいはここでとった措置の再評価といった役割があります。次のスライド(スライド番号4)。

 もうちょっと詳しく見ますと、自然科学者がリスク・サイエンスの中で登場するのは、実はリスク評価、ほとんどここの部分だけです。ここは社会科学の対象にもなります。リスク評価の中のモデル作成と予測に関しては、自然科学者が自信を持ってモデルをつくるということは、学生のときからなかなかなれていないし、その経験を積んでいません。マクロ経済のような人は非常に得意ですけれども、自然科学者にモデルをつくれといっても、せいぜい実験室で自分のやっている実験のモデルはできますが、社会学的なモデルをつくるというのは決して得意な分野ではありません。リスク評価の基本は定量的な分析であって、ゼロリスクはないということですけれども、これもなかなか説明は難しい。定量性とはいえ、人命がかかわるような場合は、例えば人ひとりの命が地球より重いという倫理学が成り立つとすると、これはもうほとんどリスクの評価をしてもむだということになります。リスクは危害の起きる不確定性を統計的に推測するものですから、ゼロリスクに戻ってしまうと、評価する意味はなくなってしまいます。これについては後ほど論じます。この分野はどちらかといえば倫理学とか哲学のような範囲の問題が入ってきます。

 それからリスク管理。予防措置としてはリスク回避とリスク軽減。それから実際のクライシス(危機)が起こってしまった場合には、短期的な対応、緊急避難的な対応、あるいは対症療法的な措置が必要です。それから長期的な対策として、法律のようにスタティック(静的)に対応していくものと、ダイナミック(動的)に対策を考えなければならない場合があります。リスク・マネージメントはどちらをやっているのか、その対応は短期的なものなのか、それとも長期の対策になっているのかということを分けて考える習慣が日本の政治・行政にはなかなかありません。政治家が言うとしようがないので、どちらであろうと受けざるを得ないという格好で、この二つを分けて考えるという習慣がなかなかついていません。これは実際には行政学とか法律学の素養が必要な分野になります。

 それからリスク・コミュニケーション。「情報の収集・提供」と書きましたけれども、実際には情報のフィード・フォワード(feed forward)。行政からいえばメディアを介して国民に知らせるもの、あるいは逆にフィード・バック(feed back)というような国民からメディアを介して行政に戻るようなルートがないと、結果的には一方的な行政批判に終わるか、あるいは上意下達で言うことを聞けという一方的情報の流布に終わるということになります。それから意外と日本の苦手なのはバリデーション(評価)の説明責任です。このリスクを回避するのに一体どれだけの金がかかるのか。これはみんな税金を投入するわけですから、それによってどれだけのリスクが回避できたのかという説明がされない。そういうコスト・ベネフィット(費用対利得)に関する説明責任というものがあるだろうと思います。それから国内・国際標準、BSEでは屠畜場での全頭検査、擬似患畜の定義問題がありましたけれども、そういう国際的なスタンダードをどう考えるかという問題もあります。リスクの評価あるいはリスク管理対応の再評価といったようなものもメディアの責任としてあるわけです。ここは政治学とか社会学、情報学、大衆心理学といった自然科学者の非常に苦手な分野です。しかし、先ほど述べたように、自然科学者が何となく全部をカバーできるかのように自分も人も思うものですから、いろいろな問題が起こるというのが、1年間BSEとかかわってきた私の一つの反省です。

次のスライド(スライド番号5)。

 BSEのリスク・アセスメント(評価)というのは実際にどうするかということですけれども、一番わかりやすいのは方程式をつくればいいわけです。同時に、リスクの対象になる現象は、1年前と今とは違うわけです。どこかの国で感染症が勃発する、あるいはどこかの国で厳しい対応をとればリスクが軽減するというように動いていくわけですから、当然、評価式は動的に対応できる方程式でなければいけません。あるいはメディアを通じて一つの対策がとられれば、それはまた式に影響するわけですから、そういうフィード・バックもできるような格好になっていなくてはいけないという考え方です。大きな概念図とすれば発生地域、例えばBSEの大量発生国は10点与えよう、中規模なら5点、清浄国0点というような重みづけを行います。また実際に海外から入ってくる汚染源は、生ウシとか特定危険部位、あるいはそれ由来の肉骨粉といったようなもので、その汚染度に応じて、あるいはその使用目的に応じて危険度の評価をしなければなりません。それから実際に運悪くヒトに来た場合の感染症論に基づいた評価が必要です。例えば動物からヒトに来る疾患なのか、動物からヒトに来てさらにヒトに広まるおそれのある疾患なのか、あるいはヒトに来たときの致命度・重症度、治療法があるかないかというようなことをできる限り定量的に評価して、どういう対策をどういう時点でとるべきだということを出していかなければならないと思います。

次のスライド(スライド番号6)。

 実際にこうした評価をやるかというと、日本はBSEが発生してから1年たって、まだ全くやっていません。8月にニュージーランド、11月にオーストラリアに行きましたが、オーストラリアとニュージーランドの食品安全委員会は、ヒトへウシから来た場合のリスク評価を2年間かけて全部やっています。例えばウシからウシへのBSEの伝播の様式について、乳による伝播はない。垂直伝播は初期10%、最近の見直しでイギリスは0.5%以下といっています。いずれにせよ汚染飼料が主たる原因である。実際にヒトには経口感染量としてはどのくらいのもので行くだろうか。この場合は、わかっている例を用いて推計します。汚染量はマウスへの脳内接種で測るわけですけれども、それはウシではどのくらいになるか、ヒトではどのくらいの種差があるか。それから脳が最も汚染しているわけですけれども、汚染組織がどのくらいの感染量を含むかというようなことを全部計算していって推計します。また複数回接種した場合の蓄積効果はあるかないか、高汚染部位による交差汚染がどういう場合にあり得るか。それからその食品をつくっていく過程でもし汚染していても、それを製品化の過程で軽減できるかどうか、不活化できるかどうかというようなことを、ヒトで暴露されたときにどうなっていくかということを一つずつ評価していくわけです。

またオーストラリアあるいはニュージーランドの人が、ウシ由来のものを1日どのくらい消費して、どうなるのだということも計算しているわけです。肉及び肉製品は1日平均230グラム。本当の評価はもっと細かくて、5歳以下が1日何グラム、10歳から何十グラムというようなことを全部調べ上げた上で評価をしていくわけです。肉の場合は屠場あるいは機械的回収肉(MRM)のような場合に汚染の可能性は否定できない。ミルクはそういう可能性はない。それからウシ由来のゲラチンは交差汚染があったとしても、製造過程で感染性はどんどん対数的に、10の何乗分の1と減っていきますから、実際にはほとんど最終製品の汚染はあり得ない。あるいは脂の場合はどうか、コラーゲンはどうかということを全部細かく項目別に評価をしています。総合評価として生肉と肉製品は屠場での脳・脊髄の交差汚染、あるいは日本ではやっていませんけれども、ヨーロッパあるいはイギリスでよくやっていた機械的回収肉の場合には高度の汚染の可能性がある。乳製品由来のリスクは考えられない。ゲラチンは汚染の可能性があるけれども、製造過程で感染価がほとんどゼロになる。脂もコラーゲンもリスクは無視できる。結果は要するに屠場での交差汚染か、機械肉の回収というものがオーストラリアの場合は人へのリスクの担い手になるということです。

次のスライド(スライド番号7)。そういうことを彼らはずっと早くに気づいてやっていたのですけれども、残念ながら日本はいまだにこういう体系的な評価はされておりません。第2の話題は、より具体的に日本のBSEのリスク分析です。2−1と2−2となっていますけれども、2−1のマクロ分析というのは、いわば天気概況みたいなもので、去年10月のときのデータで日本では何が起こるかということを分析した結果です。2−2はミクロ経済分析のようなもので、実際のデータに基づいて現在分析が進行中です。

次のスライド(スライド番号8)。BSEはプリオン病ということですが、プリオンはこれまでの感染病原体としては全く異様な病原体です。そのために自然科学者はこれを議論し始めると果てしないやみに入って行ってしまうので、あまり普通の感染症のように明確に答えを述べることができませんでした。私自身はそういう複雑さはあるにせよ、BSEはほかのプリオン病と同じように、伝達性と呼ぼうが何と言おうが、感染症であることは間違いない、感染症としてBSEを考えようということを言ってきました。

ただ普通の感染症ととらえられにくい理由はいくつかあります。一つはここにあるゲルストマン・シュトロイスラー・シャインカー病(GSS)、あるいは致死性家族性不眠症(Fetal Familial Insomnia:FFI)の例です。こういった典型的なプリオン病は実は完全な遺伝病です。プリオンたんぱくをコードしている遺伝子に変異が起きています。その結果どうしてもその家系では脳にプリオンがたまりやすくなるような変異が起こってしまうものです。これは明らかな遺伝病なのですけれども、この患者さんの脳を動物に接種するとプリオン病が伝達できます。これまで長い人間の歴史の中で、遺伝病でかつ感染症であるという病気は1例も経験したことがなかったので、ノーベル賞をもらったプルシナーが「プリオンそのものが病原体である」という説を出したときから、延々と続く問題です。しかし、少なくとも結果的には、遺伝病で感染症であるという非常に不可思議な病気ということになります。第2は病原体がたんぱくそのものという異常性です。DNAもRNAもない異常に折り畳まれたたんぱくということで、病原体を不活化するホルマリンとか塩素とか普通の消毒法、あるいは滅菌法ではほとんど不活化できないという異常性があります。第3はプリオン病が非常に長い潜伏期を経て中枢神経を専ら冒し、発症すれば100%死亡して治療法がないという異様な特徴を示したために、なかなかこれを感染症として論じようという機運がなかったわけです。しかし、これは本質的に感染症として論じないと、流行の様態がわからないというのが私の考えです。

次のスライド(スライド番号9)。感染症を理解するには3つの基本的な要因があります。感染症というのはどんな感染症もそうですけれども、我々の目は閾値を越えたところから流行するように見えます。しかし実際には流行病というのはそれ以前から始まっているわけで、閾値を越えたところがアウトブレイクのポイントという格好になります。突然爆発的にはやるように見えて、実際にはこの離陸前の期間があって、ここの一線を過ぎると指数関数的にふえるように見えます。もし対策がこの青い中でとられると、アウトブレイクには至らないで、散発的に起きてそのまま消えるというのが流行病の特徴です。この指数関数的な立ち上がりがなぜ起こるかというと、それには必ず感染因子を拡大するポジティブ回路というものが存在するわけです。増幅回路がないと流行病は起こりません。

次のスライド(スライド番号10)。3番目は、例えばインフルエンザウイルスがトリからブタを経由してヒトに来るように、いろいろな病原体は種を越えてヒトに来るわけですが、そのときにはどの動物種も同じ感受性を持っているわけではなく、一般に種の壁と言われるものがあります。このバリアが高いほど伝播しにくいわけで、BSEがどこから来たかという議論はいくつかありますけれど、大勢はヒツジから来て、ウシの中で回転してヒトに来て、vCJD(変異型クロイツフェルト・ヤコブ病)になったと考えられているわけです。同じ宿主の中ではバリアが低いので非常に伝播しやすいわけですけれども、種の壁を越えるときはかなり大量の病原体がないと壁を越えることができない。同じ種の壁を越える場合でも、例えば肉骨粉でも飼料に入れる場合と、人工乳に入れる場合では違います。また飼料の中に含まれる肉骨粉の量、あるいはいつ与えたかということによって壁の高さが違います。ヒトに来る場合も医薬品と食品を比べれば、医薬品は直接体内に接種しますから、そういう意味では壁は低い。食品のほうは経口で腸管から吸収されなければ入ってこないという意味で、バリアが高いというような差があります。

次のスライド(スライド番号11)。感染症の総論が終わりましたので、実際のマクロ分析に使用したモデルについて説明します。モデルは幾つかあります。

一つはイギリスを対象としたモデルがあります。イギリスでは1986年にBSEの最初の報告がありました。実際にはこの前に隠れた流行があったのですけれども、目につくようになって報告例があったのは1986年です。それから1988年、既にワイル・スミスが原因は汚染した肉骨粉だということを疫学的に証明し、肉骨粉の使用規制が行われました。しかし、この時期は見た目では全く無効なような格好で、1988年から発症牛数は強烈に立ち上がってアウトブレイクに入っていきました。1992〜93年に年間4万頭ぐらいの発症で、ピークを迎え、それからえさの規制がきいたかのように下がっていきました。1996年にvCJDが出て、英国政府がBSEからvCJDが起こったことを否定できないという見解を公式発表してから、肉骨粉は全く使われなくなったという事情があります。このように、最盛期は1992〜93年、年間4万頭くらいで、現在19万頭近く発症牛が見つかっております。推定ではこの4〜5倍の大体80〜100万頭ぐらいが出ただろうと考えられています。なお最近(2002年12月)、疫学者のダニエル・マシューは、公式発表数の15倍、約300万頭が感染しただろうと述べています。このらの発症したウシの生まれた年を調べていくと、平均潜伏期が大体5年、範囲は2〜8歳、平均発症年齢は5歳ということです。

汚染された肉骨粉を食べたことによって、平均5年でBSEが起こったと考えますと、肉骨粉のほうはこれより大体5年前の1980年くらいから少しずつ汚染が始まったと思われます。英国では肉骨粉は同じ量をつくっていたわけですけれども、その中の汚染量が徐々に上がっていって、1988年に規制が始まったわけです。この結果、全体の肉骨粉使用量は下がっていって、1996年でほとんどストップしたので、肉骨粉の汚染は図のように上がっていって、1988頃にピークに達していると考えられます。その後、汚染をしているけれども、実際使われた総量が減少したと考えられます。この影響が潜伏期の5年おくれでウシにきいてきたものですから、実際には1988年の規制で肉骨粉の使用量は下がっていたにもかかわらず、88年の時点では全く規制が働いていないかのように推移してきました。だから単純に考えれば、規制をしてから効力が発揮するのに5年かかるということを理解しておかなければならない感染症です。上段のBSE発症牛のカーブと下段の汚染肉骨粉使用量のカーブが、ほぼ5年のズレを持って一致してくるということから、肉骨粉の飼料への使用が牛から牛への感染の基本であったと考えられています。

次のスライド(スライド番号12)。もう一つのモデルは英国以外の国々です。日本はむしろこっちに近いわけで、特にヨーロッパが対象です。これらの国々ではイギリスと違って、それほどひどい爆発的なアウトブレイクには至っておりません。しかし、ヨーロッパの中にもフランスとかアイルランド、ポルトガル、スイスのように早くからBSEがかなりの数で出ていた国と、日本と同じように、大体2000年前後で初めて出始めた国があります。

次のスライド(スライド番号13)お願いします。これをもう少し時系列的に見てみますと、EU全体ではBSE発症牛数はスライドのように伸びてきています。また、ほとんどの国が2001年からアクティブサーベイランスに移行しています。日本と同じように発症していてもいなくても屠場で検査をするということで、BSE陽性牛の数がかなり上がってきています。実際には2000年までは臨床的に発病したウシの数であり、2001年は検査で見つかったものも含んでいるので、前述のルールに従って発症牛の4倍が実際にいただろうと考えると、こういうカーブになって、全体としてはヨーロッパもややピークを過ぎはじめてきていると思われます。

 この原因になった感染源というのは、一つはイギリスから入った汚染牛が肉骨粉に回った。それからイギリスから輸入した汚染肉骨粉ということになります。ヨーロッパはBSEの流行の騒ぎが起こる前、イギリスから大体、年間1万8000頭ぐらいの生体牛を輸入していたわけですけれども、BSEが出始めて一気に下がって、1995年ぐらいで輸入をやめています。その間、先ほどの肉骨粉と同じように、1980年頃からだんだんと汚染率が上がって、1988〜1990年くらいが汚染したウシが一番ピークになったと考えられます。縦線で示してある範囲のウシがヨーロッパ全体にBSE汚染源として輸出されたと考える必要があります。

 それから肉骨粉ですけれども、ヨーロッパは大体1万トンくらいイギリスから輸入していました。1988年にイギリスが自国での肉骨粉の使用をやめたときにEUに輸出したものですから、ここでピークを迎えてEU諸国はイギリスから年間3万トンくらい買ったことになります。さすがにEUもイギリスの1992〜93年の大流行を見て、これはだめだということでほとんど輸入をやめたわけですけれど、その変わりに第三国、特にアジア諸国に肉骨粉が輸出されてしまいました。その汚染量というのは黄色で書いたところに相当すると考えられます。

次のスライド(スライド番号14)。今の二つの主な要因(汚染牛と汚染肉骨粉)を国別にもう一回さっきのグラフに重ね合わせてみます。こちらがイギリスから輸入したウシの数と発生したBSE牛の数。こちらがその当時イギリスから汚染していると考えられる肉骨粉を輸入した量と発症したウシの数というふうにとってみますと、幾つか特徴が出てきます。例えばアイルランドとかポルトガルのような国は、どうも直接汚染牛をたくさん入れてしまっています。汚染牛に由来したBSE病原体を自国のレンダリングで増幅してしまったと考えられます。それからフランスあるいはベルギー、こういった国々はどうも汚染肉骨粉の輸入でBSEの汚染が始まったと考えられます。他方、スイスは統計上、汚染ウシも全く輸入していませんし、肉骨粉も全く輸入していないにもかかわらず、早くからBSEに巻き込まれた国です。恐らく英国以外のEUの国を経由して汚染源が入ったと考えられます。このようにEU諸国においては三つのパターンが考えられます。

次のスライド(スライド番号15)。この内容をもう少し細かく数値化してみると、スイスは第三国経由なのでちょっと式が成り立ちませんが、アイルランド、フランス、ポルトガルという早くから自国の中でBSEが発生してレンダリングで回った国々と、おくれて出てきた国々とがあります。表は国別にその当時、最も危険だったときにイギリスから輸入したウシの頭数と肉骨粉のトン数。これ欄が2002年7月までに公表されたBSE感染牛の数です。この三つを頼りに汚染牛と肉骨粉のそれぞれのリスクがどのくらいかということを考えていくわけですけれども、推定値に公表の数そのものをそのまま使うわけにはいきません。というのはアクティブサーベイランスに入ったのが2001年で、それより前はBSEを発症したウシの数しか公表されていませんので、ルールに従って2000年までの発症数を4倍して補正すると、それぞれの国はこの数になります。

 なお4倍する理由に関しては、明確な説明はありません。一応、5歳齢まで生存する経産乳牛は出生乳牛の10%と考えられます。残りのウシはそれまでに屠場に行ってしまう。

従って、1頭発症牛が見つかるということは10頭汚染牛がいたことになります。このうち半数の5頭は、BSE病原体が検出されない約2歳齢で屠場に行ってしまう。残りの5頭のうち1頭は発症牛として、発見されるとすると、残りの4頭(4倍)のウシは、レンダリングに回る可能性があったと考えられます。これが4倍する根拠です。

 それから肉骨粉をレンダリングしていて、初期から自分の国の中で回った国々というものを、ある意味では危険率として何倍かしなければいけないので、ここは3倍という格好で係数を求めます。3倍という根拠は、イギリス、およびEUの高汚染国でのBSEの汚染拡大率を計算して見ると、英国では30〜60倍ですが、EU諸国では3〜6倍と考えられます(スライド16)。従って、ここでは3倍を係数に使いました。

ここから計算式をつくる必要があります。計算した値と推定値がなるべく近くなるような式をつくらなければいけないので、大体5倍以内の範囲で推定値と補正した計算値が合うような式をつくりました。英国から輸入したウシの数の30頭に1頭が汚染しているという一つの確率計算になります。また汚染輸入肉骨粉200トンについて発症牛1匹というような概略で数式をつくると、大体この範囲で計算値と推定値が出てくるということです。

次のスライド(スライド番号17)。じゃあ日本はどういうことになったのかということですけれども、これまでの報告では英国から87年9頭、88年19頭、生のウシを輸入しています。それから肉骨粉は300トンと言われていたけれど、その後の調査でイギリスからの肉骨粉輸入はないということです。そうするとそれ以外の肉骨粉はイギリス以外から間接的に輸入したということになります。

肉骨粉の輸入をとめるまで、当時日本は外から大体20万トン、自分のところのレンダリングで20万トン、年間40万トンで回転していたわけです。これらがどこから来たかというと、1986〜2000年まで、こういった国々から肉骨粉をこういう量買っていた。そのうち唯一考えられるのは、この一番危険な時期に、例えば香港がイギリスから肉骨粉を当時9万トン買っているわけですけれど、そのうちなぜか日本に240トン輸出しています。それと同じようにイギリスからこの重なる時期に入れていた実績があって、そのうち日本に輸出しているトン数を括弧の中に書いてありますけれども、これが全部来たかどうかはわかりません。恐らく限られた数のものであろうと思います。可能性のあるのは、香港のように自分のところでウシのレンダリングをしないで、イギリスから肉骨粉を買っていながら、かつ日本に肉骨粉を輸出するということは、どうしても間接的に日本に流れたという可能性が高くなります。しかし、自分のところでレンダリングしている国は必ずしもそうではないのかもしれません。それからデンマーク、イタリアはEUのリスクでレベル3の国ですけれども、日本は8万トンの肉骨粉をこれらの国々から輸入してしまった。赤で書いたところが最大のリスクの評価では危険因子として入ってくるという国です。

次のスライドお願いします(スライド番号18)。そういうことを考えて計算していくわけですけれど、英国からの生ウシが28頭、英国から肉骨粉が再輸入されたという最悪のシナリオを考えたときに、こうした国々からこの危険な時期に大体5000トン弱。それからデンマーク、イタリアから8万トンですけれど、これはイギリスの汚染度に比べればずっと低いということで、それを補正して計算すると、大体26頭、5倍の範囲の誤差を示していますから、少なくて5頭から130頭という数字になります。もし肉骨粉の再輸入量が少なければ、発症頭数はこれより少ない範囲で終わるだろうということを昨年(2001年)の秋に言いました。

次のスライドお願いします(スライド番号19)。BSEでパニックの起こった最大の理由は、ウシもそうですけれども、ヒトがどうなるかということです。BSEは1980年の初期に種を越えてウシのポジティブ回路に入り、85年頃から一般に広がったと思われます。それから1996年に英国政府がvCJDはウシから来たということを否定できないという可能性を言ったわけです。戻り調査で95年からvCJDが新しく出てきていて、年間20%ずつふえてきている。2002年3月で117名が発症しています。そういう経緯を考えると、潜伏期は最短で10年と考えられます。ウシ由来の特定危険部位(脳、脊髄など)を食用にしたためヒトに感染が起きたとすると、ウシとヒトの発症パターンは類似して、10年おくれでヒトのほうに来るだろうということが最初の予想だったわけです。

 ここで最初の感染症論に戻りますが、最大の問題はウシでは肉骨粉を飼料としてポジティブ回路を回したわけです。ヒトではその回路はBSE対策として全部閉じて、ヒトからヒトには回らなくしているということを考えると、ヒトではウシのようなアウトブレイクは起こらないで散発的に終わると考えるのが一番筋のとおった考え方です。

じゃあどのくらい起こるのか。当時イギリスでは30万人とか40万人患者が出るだろうということで、それを翻訳して日本でも大分騒いだ先生方は多かったのですけれど、私は割合冷静でした。最短潜伏期のグループが10年と考えると、1996年以降、汚染された脳を好んで食べるほど勇気のあった人がイギリスにいるとはどう考えても思えない。それから考えると、潜伏期10年なら2006年に理論的には最初のグループの流行は終わる。それから考えると2003年は既に減少に転じるべきであるというのが自分の考えで、それを見るとスライドのようなカーブになるのです。この山をどんなに見積もっても250人くらいにしかならない。

 次の問題は、このカーブはメチオニン/メチオニンという129番目のプリオンのたんぱくをコードしているアミノ酸ですけれども、これがvCJDの感受性を決める一つの遺伝子型で、このメチオニン/メチオニンというタイプは、遺伝性のプリオン病であれ、今度のvCJDであれ、一番感受性の高い遺伝的な組み合わせの人です。いま出ているのはこの方だけなので、これが流行を終えたとして、バリン/バリンあるいはバリン/メチオニンという違う三つの組み合わせが、お父さんからメチオニンをもらってお母さんからメチオニンをもらった人と、お父さんからバリンをもらってお母さんからバリンをもらった人、あるいはどちらからか一個ずつもらったという組み合わせがあるわけですけれど、これがおくれてもう一回出てくると500人、三つに分かれて出てくると750人というふうに計算しました。

 こういうモデルはほかにあったのだろうかというと、実はネコが水俣病と同じようにヒトより早くBSEに巻き込まれています。彼らは初発が1990年、そういう意味では人間より5年早かったのですけれども、ピークは1994年の16頭で、99年は2頭、2000年は1頭で、大体散発的流行でネコの場合は終わっています。人間もこれで終われば非常にありがたいですし、場合によったら違う潜伏期で、違うグループがもう一回山をつくるかもしれません。いずれにせよ、最初数十万人とか数百万人と言われていましたけれども、今はだんだん下方修正になっています。オックスフォード大のグループも潜伏期が20年以下なら1300人という予想をしていますけれども、幸いなことに年々予想数が下がってきて、恐らくこの辺で終わるのではないかと期待しております。

次のスライド(スライド番号20)。あとは単純な比例計算で、イギリスで約80〜100万頭のうち20万頭は発症して捨てられたわけですから、残り75万頭くらいを食べた可能性があります。日本はもう既にBSE検査が実施されていて、汚染牛が食用に回る可能性はないわけです。そういうバイアスが入ので、英国と同じ比率よりは低いですけれども、そういうことを無視して単純比例計算をすると、英国の700万の人がみんな同じに食べたとは言いませんけれども、BSE感染牛が75万頭食用に回って、最終的に500から多くても1300人がvCJDとして発症するだろうと予想されます。日本のウシが26頭というのは、先ほど述べたリスクの平均数字ですけれども、それを単純計算すれば、0.017から0.045となります。この数字は何を意味するのだという問題になりますけれども、要するに1億2000万人が26頭を食べたとして、1人出る確率はこんなものですということです。言い換えれば40〜60回、日本にこの程度のBSE汚染が入って来ると1人出るかもしれないという程度のものです。ただし、イギリスとかEUの高汚染国に、この時期に滞在して、同じように汚染牛を食べた人は日本の確率ではなくて英国の確率に行くわけなので、発症する可能性は否定できないということです。

次のスライド(スライド番号21)。今までのものは去年(2001年)書いた天気概況みたいなもので、大局的に推定したものです。その後、農水省などで講演した後、かなり細かいデータを調べてくれました。つい先日、農水省にBSEの疫学班をつくるということになって、私が事務局を勤めることになりました。今までの分析をマクロ経済とすれば、これからはミクロ経済みたいな、実際に日本で起こったことのデータに基づいて分析をしていく格好になります。

次のスライド(スライド番号22)。ここからはだんだん現実的になるわけですけれども、国外から入って来たBSE病原体のルートは基本的に、輸入感染牛、感染した肉骨粉と汚染した獣脂、この三つが考えられるわけです。汚染牛はそのままBSE感染牛になりますけれども、これが肉骨粉として回る。外から入って来た肉骨粉あるいは獣脂が、代用乳、人工乳、配合飼料を介して、日本のウシが汚染した可能性が考えられます。運が悪いと国内の汚染牛が屠場に回って、屠殺時の交差汚染あるいは危険部位を使用することになります。わが国のこれまでの肉骨粉製造法では、BSE病原体は不活化できませんし、特定危険部位を除くこともなかったので、国内汚染があればほとんどが回ってしまったことになります。現在は当然アクティブ・サーベイランスで除かれますし、危険部位も除去されます。それから肉骨粉の生産は停止しているので、今はこの回路は回りませんけれど、とめる前は回った可能性があります。それが再び回るという、このループ。それからニワトリあるいはブタの配合飼料の交差汚染という経路で回ったという可能性も考えられます。

次のスライド(スライド番号23)。実際に感染源としてどんなものが、どんなふうに来たのだろうかということを農水省が調べてくれて、この間100ページを越す分厚いデータをくれました。現在わかっている国内でのBSEの発生は、第1から第5症例で、いずれも1995年12月から96年5月生まれです。実際に発症したときが2001、2002年という格好になっています。肉骨粉は比較的大量にイタリアから輸入されていますが、後の調査で1998年までは不十分な加圧と加熱しかしていなかったということが明らかになっています。98年以降は肉骨粉の製法を変えて感染価を下げるような措置になります。それからデンマーク、あとドイツとロシアが少々、イギリスがまだ不明瞭となっていますが、これは肉骨粉ではなく骨粉のようです。かなり初期から汚染の強かったアイルランドからの輸入がありますが、これはカルシウム源として食用の骨粉のようです。それから香港から肉骨粉がこう入ってきますけれども、実際に日本が重なったのは1990年前半あたりと考えています。

 それから関連する格好でもう一つの問題になっている獣脂ですけれども、それはちょうど1995〜96年に輸入されて、確かに発症個体が生まれた年に重なってくる。同時にみんな代用乳として飲んでいるということで疑っているわけですけれども、オランダから他の時期には入らなかったのかという調査はまだされていないので、農水省のほうにちゃんと比較しなければいけないので調べてくれと要求しています。またこの時期他のEU諸国から獣脂の輸入がなかったのかという問題もあります。生ウシは英国から5、9、19という格好で、この生まれ年齢で入っています。以前の資料では28頭ということでしたが、さらに5頭増えています。英国のどの地方生まれであったのか、調査を進めています。ドイツから生ウシが輸入されています。これが日本で解体された時間と場所です。

次のスライド(スライド番号24)。実はこれからが非常に大変で、いま始めるところなのですけれども、日本にこれらの危険因子がリリースされて、それが国内でどういうふうに暴露されたかという幾つかのシナリオをつくっていかなければならない。そのシナリオに基づいて危険性を評価することになります。

生体牛の場合、汚染がなければ全く問題ないのですけれども、少なくとも記録から見ればBSEを自然発症したウシはありません。もしこの最初のグループの汚染が1990年の時期にあったとすれば、肉骨粉に回って本来は1995〜96年で発症牛が出ることになります。この時期に農水省のサーベイランスがどの程度実施されていたかが問題になります。ここで今回の症例が重なってくるかもしれません。それから後のグループはここら辺で出てくる可能性がある。肉骨粉に関してはイタリアからの輸入が続いていて、こことここに入って来ています。これがもし汚染しているとすれば、ここで1回出たはずだろうし、ここの分はまだこれからの分を含むというような格好で、アイルランドはここ、香港はここの汚染に寄与した可能性が考えられます。獣脂に関しては今のオランダのケースが当たっているとすれば、確かに今回の発症例には当たっている事になります。2001年で肉骨粉に回った部分がさらに回転していれば、まだ2006年でもう一回、これからもつかまってくるということを覚悟しながら、評価していかなければならないということになります。

次のスライドお願いします(スライド番号25)。生体ウシの場合は、個体の履歴が残っているので、肉骨粉や獣脂に比べて追跡が可能です。それぞれの輸入ロットについて調べて見ると、英国からの輸入ウシの場合、いずれも乳牛ですが輸入年により英国中部のものから、次第にBSE汚染の激しかった南部産のウシに変わっていっています。また、輸入後国内で飼育されていた地域、経産後の屠場処理、肉骨粉の工程、肉骨粉として再利用された地域などが少しずつ明らかになっています。こうしたデータ−に当時の検査体制、肉骨粉の使用状況、あるいは輸入時の英国のBSE汚染状況などを加味して、リスクの予測をたて、そのモデルと現実との一致、不一致を調べて行きます。肉骨粉、獣脂についても同様の調査をすすめます。また、コホート調査、ケース・コントロール調査のような疫学調査を進めて、リスク分析を進める予定です。

次のスライド(スライド26)。今のところわかる部分からすると、EUの高汚染国というのはどう考えても物流・経済圏がボーダーレスですから、定常的にBSE汚染を受けたと考えられます。それからすると日本の場合は恐らくBSEの汚染というのは、小規模に不連続的に何回か起こった可能性を考えておかなければいけません。それからその原因として英国からの生ウシ、アジアからの肉骨粉再輸入、EUからの獣脂・汚染肉骨粉、それから国内でのレンダリングによる汚染回路というものもシナリオとしては一つずつ評価しなければいけません。

 農水省がこれまでやってきたのは、5頭の発症牛を中心とした川上と川下の調査です。確かに5頭のウシは出生日が非常に近く、かつ東日本に分布しているということから考えると、少なくともこの5頭のロットに関しては言えば、汚染源はそんなに広くなく、汚染量もそれ程多いとはおもわれません。共通する因子としてはこの時期の獣脂あるいは肉骨粉の交差汚染ということに絞られて、これから疫学の解析をしなければなりません。汚染経路の可能性というのは、必ずしもいま調べているこの一つではなく、複数考えられます。

 1998年のイタリアのロットが、あるいは2001年のBSE汚染牛がレンダリングに回っていると、平均潜伏期を5年とすれば、このロットとは違う汚染牛が2003〜2006年にまだ出てくるのだということを、よくリスク・コミュニケーションとして言っておかないといけません。これで終わると思って、ひたすら原因究明を叫んでいると、またぞろパニックに陥る危険性があります。BSEはそういう感染症ではないのだということを、口を酸っぱくして言っておかなきゃいけないということです。今後の調査を考えると、ヨーロッパもそうですけれど、屠場の健康牛の検査でBSE牛が見つかるよりも、実際には異常・死亡牛で見つかるほうがはるかに高いので、来年(2003年)の四月から始まる死亡牛の全頭検査を待って初めて原因究明というもののすそ野がわかると期待されます。

 それから清浄国宣言をするのには、最終発生牛から7年間検査を継続して陰性を確認しないと、国際的には清浄国と言えません。それから考えると大体2015年くらいまでは検査が必要だということで、まだまだこのBSEの問題というのは、先のプログラムまでつくらなければいけないのだという覚悟をしておかなければいけないと思っています。

次のスライド(スライド番号27)。ここからリスク・マネージメントとリスク・コミュニケーション、安全と安心の差は何だろうという話になるので、ちょうど5分前ですから一たん休憩をしたいと思います。(休憩)

それでは後半に入ります。今までは、最初に述べたリスク科学の第一分野、リスク分析のところがどんなふうに進んで来たかという話をしたわけです。ここからはリスク・マネージメントとリスク・コミュニケーションの問題について、BSEに関連して話を進めたいと思います。

次のスライドお願いします(スライド番号28)。

 リスク管理はもう大分徹底してきましたけれども、BSE初発当時はこの感染症としての特性をあまり行政も理解していなかったものですから、説明がうまく行き届きませんでした。日本のリスク管理、すなわち行政対応として何を狙って、なぜこういうことをしなければならないかということをわかりやすくする説明する責任が行政にあったと思います。ヒツジからウシに伝播して、肉骨粉を介してウシからウシに回るというルート。ここは日本で言えばポジティブ回路aのところは農水省の管轄になります。それからウシから食品あるいは医薬品を介してヒトに来るもの。輸血あるいは臓器移植を介してヒトからヒトに回る回路があります。このウシの回路。ウシからヒトへの伝播経路bと、ヒトからヒトに回るc、この前半が農水省、後半の回路が厚生省管轄ということです。この経路を絶つということが基本的な対策になります。だから根本対策というのは、aとcの増幅回路を絶つということと、ウシからヒトへの伝播経路を絶つ。これを絶ってしまえばこの感染症というものは流行しないわけです。特に肉骨粉の輸入・製造・使用を禁止したわけですけれども、それはこのすべての増幅回路を起こす最初のドライブフォース(原動力)になっているので、ここをとめれば後半部は必然的になくなるわけで、そういう意味で肉骨粉の使用禁止というのは根本対策でありました。

次のスライド(スライド番号29)。

日本の実際の対策を振り返ってみますと、肉骨粉に関しては1996年に飼料への禁止通達が一応ありましたけれども、末端まではうまく伝わりませんでした。2001年、実際に1頭目が出てから使用禁止あるいは製造全面禁止ということになっています。それからウシからヒトへの伝播という点では、食品に関してはすべてのウシから脳・脊髄・眼等の特定危険部位(SRM)をすべて廃棄する。今もそうですけれど屠殺時は全頭検査をする。それから24カ月齢以上の異常牛の検査を義務付けています。

 医薬品では、初めは1996年、vCJDが出たときに英国のウシに由来する医薬品の輸入・製造を禁止しました。2000年になってEU諸国にBSEが徐々に広がっていることをかんがみて、ハイリスク国のウシ由来の材料を使用してはいけないということを4月に決めました。しかし、わが国でのBSE1頭目が出た後、厚生省の委員会があって急遽対応を厳しくするということにしました。すなわち、すべてのウシのカテゴリーT、Uというのは脳・脊髄も含めた危険部位で、これを使用禁止にしました。その後さらに発想法を変えて、いわば危険なところを使わせないということではなくて、安全なところしか使わせないことにしました。サーベイランスをしていない灰色の国もだめ、BSE牛が大量に発生している国もだめということです。EUのリスク評価のレベル1と2、すなわち低リスク国のウシでカテゴリーV、Wの臓器というのは、血液とか筋肉とかBSEの病原体が入って来ない臓器です。だから安全な国の安全な組織以外は使わせないというふうに決定して今に至っています。

 それからヒトのポジティブ回路をとめる点に関しては、最初は1980〜96年に6カ月以上イギリスに滞在したヒトの献血が禁止だったのですけれども、その後、規制が厳しくなり、1980年以降、イギリスを含めて、EU諸国の中で比較的高汚染国という国々に、6カ月以上滞在したヒトの献血及び臓器提供を禁止するということで現在に至っております。先月(2002年11月)、委員会を開いてこの方針を継続しようということになりました。

また、農水省はさらに2002年4月にウシ全頭に耳標をつけることを決めました。一部おくれた県もありましたけれど、今はもう全部のウシに耳標がついて、白河の畜産試験場で全部登録されて、コンピューターで追跡できるようになっています。それから来年(2003年)4月から死亡牛の全頭検査というプログラムになっています。これは、わが国のBSEの汚染度や原因究明をするのに、非常に有効であると思われます。

次のスライドお願いします(スライド番号30)。

 先ほど行政の説明責任という問題を言いましたが、それに関して例を引いて説明したいと思います。一つは廃用牛についてのコスト・ベネフィットです。これはEUの2001年のデータで、BSEの発症牛1800頭が、どういう年齢で出たかという実数です。3歳齢以下はほとんどなく、6〜7歳齢がピークです。8歳齢から減少して、13歳齢以上もほとんどありません。これに先ほどの日本の発症予想数の26頭を当てはめると、2歳以下は1頭もいない。5歳、6歳、7歳くらいがピークで20頭弱、8歳齢以上では6〜7頭ということになります。ここで、言いたいのは、農水省の審議官とかなり議論をしたのですけれども、実際、政治的に廃用牛を全部買い上げるという措置をとることになったのですけれども、廃用牛35万頭、1頭4万円で買い上げると140億円が必要になります。農水省が買い取ったわけです。買い取ったといっても実際に全部買って検査するということは出来ないわけで、帳簿上買い取った格好になるわけです。

 これによって何が起こったかというと、やはり廃用牛は危険だということになって、かえって廃用牛を屠場に持ってこないということになってしまいました。下の図は日本のウシの飼育頭数を年齢別に示したものです。年間大体130万頭ぐらいが生まれて、2〜2.5歳(24ヶ月〜30ヶ月齢)のときに屠場に出てくるわけです。その後も、徐々に屠場に出てきて、あとは経産牛の部分が残って、5〜6産すると廃用牛に入って来る。これを繰り返していくわけですけれども、廃用牛が屠場にこないとなると、この部分が毎年ずれてくると、単純に計算して15万頭、60億円ずつ増加していってしまう。当然ある程度は死にますけれども、今年140億円なら、概算でいけば来年はこの上60億円用意するのですか?どうするのですか。そういうプログラムになるのだけれども、いいのですかという議論をしました。

 私の言いたいのは、発症牛の補償を考えたときに、BSE牛が出たときに1頭について5億円渡せば、26頭だったら130億円で、みんなが屠場に持って来れば、来年から60億円を払わないで済む。差し引き計算からすれば、出たところについて1頭5億円補償したほうが、国民の税金は安く済むのではないかという議論をしたのです。しかし、言いたいことはわかるけれども、なかなか行政としてはそういう対応はとれないのだということでした。けれども、最近は廃用牛もだんだん屠場に来るようになっているというので、うまく進んでくれればいいと思うのですけれども、先ほどのリスク管理のことからすると、廃用牛の買い取りというのは、長期対応としては将来解決するプログラムでは全くないのだということを、行政としては頭に置いておかなければいけないと思います。

次のスライド(スライド番号31)。

コスト・ベネフィットの問題で、もう一つ徐々にタイムテーブルに上がってくるのが、いつどういうタイミングで解禁をするかという問題です。先ほど言いましたように、これは長丁場の問題になるわけですけれども、もう片方でプログラムが進んでくるわけで、食肉に関してはもう検査体制ができているので、あとは粛々と検査を実行して陽性牛を排除する。それから屠場での安全な屠殺法、および脳、脊髄等危険部位の排除のシステムを確立し、背割りをする前に脊髄の完全除去の方法を確立するということがありますけれども、実際上問題はないと思います。それから輸血・臓器移植に関しては、早いグループは10年の潜伏期ですけれども、遅いほうがわからないので、一応20年ぐらいは解禁できないだろうと思います。これによって日本の血液行政が悪影響を受けることはあまり考えられません。

 それから肉骨粉と医薬品に関しては、2001年10月より後に生まれたウシは、肉骨粉を使用しても論理的には問題がないということになります。大体2〜2歳半で屠場に来るわけで、早ければ2003年10月に屠場に来た子牛は、理論的にはBSEの汚染はあり得ないということになるわけです。法律を変えるには周知期間を含めて普通半年から1年はかかりますから、1年と考えれば2002年10月にはどうするかを決めなければいけなかったのですけれども、もう既に12月です。普通、セーフティー・インデックス(安全係数)という問題を考えますけれど、それを2倍と考えても5年後、あるいは4〜5年後には全く問題のないウシが出てくるわけで、どうするかということを本当はもうちゃんと議論しなければいけないところに来ています。

 また、収支決算という問題を考えると、今度のBSEでどのくらい損失したかというのはわからないのですが、わかっているものだけを見ても、100万頭を5年間検査するとして150億。ウエスタンブロット(WB)で50億かかれば200億ですけれども、これは2015年ぐらいまで実際には続けていかなければならないことです。それからそれを検査する人が最初200人で、200カ所で毎日調べるとして、700万出して5年間で70億円。それから牛肉は100万頭、200キロの歩留まりとして、末端価格で小売り平均100グラム500円くらいとしても1兆円に行ってしまいますから、1割落ちただけで1000億。それから廃用牛あるいは牛肉の買い上げを含めて240億。その他いろいろ施設まで含めれば2000億円です。

これに研究費とかいろいろなものがついてくるわけですけれども、農水省のBSE関連対策予算が、2001年度1930億円、2002年度が2000億円です。農水省がこの前出したのでは5000億と推定しております。

もう一回BSE問題が起こると、この実費の2000億はくだらない。そうだとすれば、肉骨粉の代替のための補償費、あるいはその肉骨粉をどう処理するかという問題が起こるわけで、代替法の開発費とか設備投資に2000億円を使って代替法がうまくできるようになれば、最初の問題になったウシからウシのポジティブ回路というものは永遠にとまるわけです。こういう決定権というものが本当はだれにあるのか、あるいはだれが決めるのかということになるわけですけれども、日本の場合はどうも何もしないまま先送りで、いつかみんなが忘れていって、また何か起こったときに、あのときああ言ったじゃないかというようなことを、残念ながら繰り返しているように思います。

次のスライドお願いします(スライド番号32)。

それからリスク管理に関して、二つほど確認をしておかなくてはいけません。一つはBSE対策にもかかわらずBSEに関連して、日本でこれから何が起こるか。2001年10月にすべての伝播ルートを絶ったことは事実で、したがって何が起こるかというと、過去の負の遺産がこれから出てきます。まだ出ます。この意義が理解されないと、最初のイギリスみたいに肉骨粉を規制したにもかかわらずアウトブレイクがそれから起こった。そうすると肉骨粉を規制しても無効だったのではないかという評価が生ずるわけですけれども、そうではなくてこの感染症はそういう時間的なズレ(タイムラグ)があるということを、しつこいくらいに理解させないといけないと思います。それからパニックというのは、これから何が起こるかわからないということで、不安が拡大されるわけですけれども、これまで説明してきたようにBSEに関してはモデルもあるし、シミュレーションも可能なわけで、はっきりした予想を伝えればパニックにならない。今後もそう思います。要はその質の高い情報をどう伝えるかということになるだろうと思います。疫学班では先ほど述べたように、幾つかのシナリオについて、そのリスク評価をしていくことになります。結果については、情報公開をして、逐次国民に知らせていくことが必要であろうと思います。

次のスライド(スライド番号33)。逆にこれから日本で起こらないことに関しても、行政としてはちゃんと説明しておかなければいけないと思います。先ほど言いましたが、予想される範囲で数頭のBSE牛がまだ数年間検出される可能性はあるわけです。しかし、BSEを発症していてもいなくても、検査で捕まりますから肉骨粉としては再利用されないわけで、汚染回路は動きません。したがってこれは散発的に出てきてそのまま終わるだろうと考えられます。イギリスのようなアウトブレイクは絶対に起こらないということです。それからウシからヒトに関しても、危険部位の廃棄と陰性個体のみを食用に回しているわけで、この伝播経路は起こらないと考えられます。

 それからヒトも日本で汚染したBSEからvCJDが出るということはまず考えられません。しかし英国やEUの高汚染国にいた人から出るケースは否定できません。しかしヒトのプリオン病という立場から見るとスポラディック(弧発的・散在的)に出るのは、先進国どこも100万人に1人という非常に平等な率で起こります。日本でも毎年100人以上、残念ながらプリオンの患者さんは出ているわけで、もしvCJDの患者さんがこういう国から帰って来て発症したとしても、公衆衛生上特に異常事態は生じません。一時vCJDの患者が出るか出ないかというのを、メディアがキャンペーンを張って大騒ぎをしました。患者が1人でると、その日から日本が変わるかの様なイメージを書き立てましたが、流行病の法則がわかれば、それ程パニックになる事はありません。公衆衛生上から考えれば統計的にプリオン患者が1%ふえたという以外、特にヒトからヒトへの感染を閉じているわけですから問題は起こりません。実際米国ではイギリスで感染したヒトが1人発症しましたが、特にパニックにはなりませんでした。したがって、vCJDの患者探しをしたり、異常事態のようにメディアが伝えるということは、何ら事態の解決になるものではないと考えます。

次のスライド(スライド番号34)。最後の項目ですけれども、リスク・コミュニケーションについて、やはりBSE関連で幾つかの問題を感じたので、プレゼンテーションをしたいと思います。

 

次のスライドお願いします(スライド番号35)。まず一つはBSEの検査結果についてです。情報というものは正確なシグナル(S)とノイズ(N)からなっていて、この比率を間違えると情報の持つ意味がなくなるということは、情報学のイロハです。当然メディアの人は知っているはずだと思うのですけれども、少なくともBSEに関しては全くそういう冷静な対応がとられなかったと思います。BSEの検査結果について、発表すれば風評の被害を受けるし、発表しなければ情報公開にならない。情報を隠匿するという議論が一時かまびすしかったわけですけれども、私は最初から、これはどっちも間違いだと言いました。

 その理由は、今のELISAシステムでスクリーニングすると、これはちょうど私らはこのとき中央薬事審議会でこれを通すか通さないか審議をやっていたわけでけれども、EUからついてきた最初のデータが1%、その後もう一回求めて出てきたデータでは0.1%疑陽性が出るというデータでした。1年たってみると、『朝日新聞』に「130万頭やって94頭疑陽性だった」ということですから、日本は実は非常に優れていて0.01%の範囲にとどまったんです。これは陽性牛を見落としてはいけないというので、感度を上げたためにどうしても起こる誤差です。最初0.1%と思っていたものですから、年間100万頭やらなければいけないわけで、全国200カ所で土日休んで250日やれば、1日4000頭を検査するということになり、非常に慎重にやって0.1%陽性が出るという確率を考えると、二次検査で陰性になる場合でも、1日4頭が一次検査で陽性になるということを想定しなければいけないことになります。

 当時、厚生大臣も見えを切ってそう言ったし、長野県知事は今も言っているそうですけれども、これを発表することになるとどうなるかというと、毎日4都道府県でBSE陽性牛が出たということを報道するわけです。次の日、精密検査で調べた結果陰性で、申しわけありませんでしたと言いながら、同じ日に4頭また出たと報告します。しかし、また次の日陰性だと報告しながら、新しく4頭擬陽性ということを毎日繰り返せということになるわけです。推計上、実際にBSEが出てくる機会というのはそんなに多くない。年間数頭の範囲だろうと思われます。そうだとすれば精密検査を速やかに行うシステムを確立して、その検査結果を公表するというのは当然のことです。実際には1年たってみて、いまだに一次検査では94件報告した県はほとんどないわけですから、そうなったわけですけれども、そういう意味で一次スクリーニングの結果を公表することは意味がある情報とは思えません。または一次スクリーニングの結果を公表しないということが情報の隠匿にあたるとは考えられないし、風評の被害を起こすとも実際には考えられません。何が起こるかというと、こういうSN比(シグナルとノイズ)の精度の悪い、ノイズの多い情報を流されると、国民は結局混乱して何も信じなくなるということです。こうした冷静な議論が出来ないことが、パニックを長引かせたことのひとつの原因でもあります。

次のスライド(スライド番号36)。じゃあ何をすればよかったかというと、行政はリスク・マネージメントの説明責任として、この3種類の検査方法の違いを説明すればよかったわけです。私には厚生大臣はそんなことはわかっていると思ったので、まさか一次検査で発表すると言うとは思いませんでした。要するに検査というのはELISAとウエスタンブロットと組織検査・免疫染色検査、マウスに接種する方法もありますけれども、現実的にはこの三つの種類があって、それぞれの検査は決して感度も精度も同じではありません。同時に、普通感度がいいと精度もいいと思いますけれども、感度と精度とは違う性格のものです。それを理解させればよかったのです。

 例えばELISAというのは96穴のプレート上で色の濃い薄いという1次元情報しか出ません。感度は非常に高くしてあり、判定時間も短いので一次スクリーニングに向くのですけれども、残念ながら精度があまりよくない。この段階で危険なものはとにかくひっかけておいて、後の精度の高いほうで、時間かかってもいいから検査をやるという戦略です。

ウエスタンブロットというのはバンドが3本出てきます。その太さとバンド・パターンで、バーコードみたいなものですから、情報量はELISAの一次元情報よりずっと多い。しかし、感度はELISAよりはやや低い。でも濃縮すればほとんど同じ感度で、判定までの時間がちょっとかかります。精度は高いけれど操作が煩雑なことがあって、確定診断向きだけど適当に訓練されたヒトと場所でしかできないわけです。

最後のゴールデンスタンダードは病理標本をつくって免疫染色をしますから、農水省の動物検疫所とか厚生省の感染症研究所とか、本当に特定な所でしかできません。そのかわりこれは神経細胞の空胞変性と異常プリオンたんぱくの蓄積を脳で直接見るということで、画像情報で形態的に読めるので、最も信頼が出来ます。CJDでもvCJDでも人間の場合の最終診断は病理診断というような格好になっています。こういう説明をして、なぜ一次検査で発表することは意味がないかということを、素直に言えばそれで済んだ問題だろうと思います。

次のスライド(スライド番号37)。それからBSEの話をしたときに、よく皆さん質問される中に、BSEの汚染肉骨粉は飼料だけじゃなくて肥料としても使っただろう?それは大丈夫か?と聞かれます。この辺からBSEがだんだんダイオキシンと一緒になって、分解されないというじゃないか。土壌に入って土も汚染するだろうし、それのついた牧草も汚染するじゃないか。土壌にたまっていってしまったらどうしてくれる。果てはそれが水に流れていって、飲んだらどうしてくれるというような、非常な心配をされる方がいます。これも最初はそんなことはないと言っていたのですけれども、そんなことがないと言っただけでは説明責任を果たしたことになりませんし、納得してもらえません。

 毎回同じことを聞かれるので、それではその肥料によって、土壌汚染を介してBSEが広がったという仮説をとったらどういうことになるかを考えてみることにしました。これが時系列で起こったことを表にまとめてみたものです。肉骨粉の生産は1996年4月まである程度続いていたわけですが、反芻獣にやることは既に1988年7月の段階で禁止しました。そのときに反芻獣以外の動物への飼料と肥料への使用が増えました。1990年に反芻獣以外の動物への使用もやめたものですから、魚類を含む動物への飼料と肥料および外国への輸出に流れたと考えられます。1996年3月にすべての動物への使用をやめたものですから、肥料および輸出だけで、最後にvCJDが出た段階で肥料にも使うなということをイギリスは指導したわけです。これを考えてみると、肉骨粉の肥料に回った量は、イギリスの40万トンもつくっていた肉骨粉のうちの一部分が使用されていたわけで、それが徐々に汚染してきたとして、1988年から肥料に回るほうがずっとふえていって、96年で終わったと考えられます。

次のスライドお願いします(スライド番号38)。これをそのまま流行のカーブにあてはめると、実際のウシでは1986年にBSEの報告がなされて、1988年に肉骨粉の反芻獣への使用が禁止されたために、1992〜93年のピークを経て、5年おくれで減ってきたわけです。もし肥料に回ったほうが原因だとすると、それ使用量は1993年以降もまだ増加し続けて、1996年のところでピークとなって、使用が禁止になったと考えられます。5年おくれでウシが発症すると考えると、92〜93年のピークが4万頭ですから、その後さらに上昇を続けて、2001年が8万頭というばかげた数字になります。実際には2001年は1000頭以下になってしまった。こういうことは実際に起こり得なかったし、もしこの土壌で分解できなかったらどういうことになるかというと、これがずっと積算されていきますから、予想発症数はさらに増加して、現在でもイギリスでは48万頭発症牛が出続けるということになるわけです。実際にはそういうことは起こらなかった。だから試験管の中では分解できないけれども、何らかの格好で土壌では不活化されたと考えるほうが正しいと思います。

 この間テレビで、動物衛生研究所が「ケラチナーゼをもつプリオンの分解菌が見つかって、この酵素で処理すると、プリオンは感染性がなくなるまで分解ができた」という発表をしていましたけれども、恐らく土壌中にはその手の細菌とか原虫類がたくさんいるのではないかと私は思っています。

次のスライド(スライド番号41)。先日、BSE発生から1年目を振り返って何か書けと言われて書いたものがあります。それは安全と安心の差というものです。大学で講義をしているのと違って、BSEの講演で一般の方たちと議論をしたときに、安全と安心というものは違うのだということを初めて知りました。なぜ安全と安心が違うのかというのは、結構議論したのですけれど、実はあまりよく自分でも理解できないで、ただ我々がいつも使っている安全という言葉と、消費者が考える安心というのは、どうもズレがあるということだけは理解できました。

 先日オーストラリアのリスク分析の部局を訪ねたときに、分厚い英語の資料を送ってきて、飛行機の中で読んできなさいといわれました。そのとき、リスクの危険率を分析するのに実は二つの式があるということに気がついたのです。それはどちらも必要に応じて使い分けているのですけれども、第一の式は我々が非常によく使う式で、安全率というのは要するに危険率の掛け合わせから導くというものです。第1段階での危険率は10分の1、さらに次の段階で事故の起こる確率は10分の1、さらに次の段階での危険率が10分の1と重なっていくものです。もし、そういう危険が一度に起こる確率はどうなるかというと、こうした危険率を積算することになります。掛け算ですから0.1、0.1と減っていって、安全性は全体の危険率、Pのn乗を1から引いた確率ということになります。そんなことは0.0001以下の確率で、非常に安全ですよという説明によく使います。これは我々が普通に使う危険率の式です。大事故を避けるためにはいつも我々はこれを使うわけで、それぞれの製造工程で検査を導入して、総合危険率を下げていく。念には念を入れて危険率を積算していけば、こんな危険が全部重なることはほぼゼロに等しいということで安全性ということを述べています。

 もう一つの式は、総合安全率というのは個々に起こる事象の安全率の積である。だから第1段階でも安全、この上でさらに次の段階でも安全、その次の段階でも安全という式があって、危険率というのは、要するにこの全体の安全率を1から引いたものであるという式の出し方があります。これはどちらも危険性を評価するときに使う式です。

 私はこういう式があることを知らなくて、我々はこんなことは万に一つも起こらないのだというときには大体いつも最初の式を使っています。例えば1万頭に1頭BSEがいたとしても、それが検査で全部ひっかかるし、もし悪くして0.1%の確率で誤差が起こったとしても、10の4乗分の1が、さらにそれ掛けることの、例えば1000分の1、10の3乗分の1で、その上危特定険部位を除けば90%はBSEの汚染を回避できるのだから、さらに10分の1でというような計算をして、病原体がヒトの口に入らないという説明をしております。こちらは危険率の積になります。

一方、もうひとつの式は実際には危険率の和になってくる式です。こういう式はどういうときに使うかというと、例えばこの間、厚生省の感染症部会で、ペストの可能性があるのでプレーリードッグの輸入を禁止する事にしたのですけれども、財務省の報告で調べてみて、1万3000頭が日本に輸入されているということがわかってきました。例えば1頭ずつのプレーリードッグがペストを持ってくる確率が、10万分の1というような非常に低いものであっても、それが1万頭輸入されたときには、この式を使って総合危険率は10分の1であるというような計算をします。小さな危険率が何度も繰り返したときに全体の安全率はどうなるかというときに使う式です。

次のスライド(スライド番号40)。ところがどうも消費者の安心感というのは、我々の式を使わないで、後の式を使っているということが議論していてわかりました。安心できる積算の安心感というものをとっていくと、第1段階でこれだけが危険だとすると、安心できるのは1から危険率のPを引いた1−Pだけだということになります。それでも残りの危険があるんだから、その次の段階でもう一回安心感を得るには、やはり1から危険率を引いた1−Pでこれも安心でなきゃいけない。次にこれも安心でという、こういう格好になるわけです。それでは完全に安心できるということは、全過程でどういうふうになるかというと、それはすべての過程で危険の起こらない確率の積算になります。したがって、我々は工程をふやして安全性を保証しようとするのですけれども、工程がふえるほど不安が多くなる。そうすると何をするかというと、例えばいろいろな検査をして安全性を保証してくれるより、産地直送のワンステップでいたほうがよっぽど安心できるということになります。言われてみると、消費動向を見れば多分そういうふうに動いています。

 また、あとの式を使うと、例えばどこかの段階で1の危険性というものが入ったときにどうなるか。例えばこの安心感のほうでは1−PというもののPが1ですから、安心感はゼロになるのです。前にどれだけの安心があったとしても、突然100%の不安感になる。だからどのステップであれそこの安全性は保証できませんと言った瞬間から、それは全く危険というふうにとられる。この議論はBSEをめぐって何度もありました。

 ところが我々はどう考えるかというと、ここの段階でP=1の危険性がある仮定します。この段階で危険率が1であっても、例えば各段階の積算危険率は0.5、0.25、0.125。ここに1があっても、これは0.125のまま変化しませんから、次もまた2分の1の危険率に移せば、総合危険率は0.06というような格好になって、どこかに1の危険という段階が入ったとしても、総合危険率は例えば0.1%がたかだか0.2%になるだけで、相変わらず安全ですというふうに安全性を説明します。だけど消費者は100%の不安感を持つという乖離が起こります。

次のスライドお願いします(スライド番号41)。例えば身近な例を挙げると、50歳になると生活習慣病で約50%の人は糖尿になる確率があります、これは非常に困ったと不安になるわけです。でもお医者さんは糖分を控えれば、その確率は半分で25%に下がる。さらに暴飲暴食を控えて酒を控えて、そうすると危険率は12.5%で、適当な運動をすればその半分で危険率は6.5%、ストレスを避ければさらに半分で3.25%、一番いいのは休暇をとれば総合危険率は1.5%以下といって安心させるわけです。1.5%以下の安心とはどういうものか、安全性はどう保証されるかというと、要するに66回以上生まれ直しても、糖尿病にならないというふうにお医者さんは安全性を説明します。

 しかし、もう一方の式を使うとどうなるかといえば、50歳で半分は糖尿病になる、発症しないほうの幸運をうまく引き当てても、糖分をとると保証してくれないというのですから、運がよくて糖分を避けて、この25%の確率に入らなければいけない。その上、暴飲暴食を避けて12.5%に入らなければならないし、週に1回運動をしてさらに6.25%、ストレスをやめて3.125%、休暇をとって1.5%以下のグループに入らないと安心できない。こうすれば絶対糖尿病にならないかもしれない。こういうことを考えると、これを全部クリアしないとどういうことになるのかというと、98.5%で不安だと言うことになります。それだったら何もしない50%のほうがましではないか?

 これはどっちも実は間違いだということを最近感じるようになりました。先ほど述べた、途中の過程で危険率1が入ったら、0.1%が0.2%になるだけだという我々のよく使う説明がどうして間違えているかと考えると、例えば、核融合物質を柄杓ですくったときを考えると、その過程に危険率1が入ったときはその前の安全性はすべて吹き飛ぶわけです。ということは、ずっと科学者は積算安全性に基づいて大事故を避ける確率を論じてきたけれど、必ずしもそれだけでなく、安心感の式で論じなければならない場面も結構ある。特に流通機構のモラル・ハザードがあると、産地直送のワンステップ方式がより受け入れられることになります。

一方、消費者はいつも安心式を使いたがるけれども、現実にはゼロリスクは不可能で、自分だけはリスク確率の外にいたいという発想は無理があります。恐らく実際に起こっている確率というのは、前段階で危険が起こることはほとんどゼロに等しいし、全ての過程で安全性が保証されることもゼロに等しくて、実際には中間で起こっているとすれば、どのレベルのリスクを我々が受け入れるのかということを議論しなければいけないのではないかと思います。必要なことは、どのレベルのリスクを引き受けるか(アクセプタブル・リスク・レベル)を議論して、科学的に決めることだと思います。そうしないと、ゼロリスクを求めて、無限に税金をつぎ込むことになります。どうもこの安全神話とゼロリスクをどちらも廃して、リスク・コミュニケーションをしなきゃいけないのではないかということを最近感じるようになってきたので、1年を振り返って書いておきました。

次のスライド(スライド番号42)。総括です。次のスライド(スライド番号43)。

これが最後です。リスク科学に戻って総括してみたいと思います。リスク評価、過去での事例の分析という点では、日本でBSEが発生するかどうかということに関して、残念ながらリスクの読み間違いがあったということは認めなければなりません。それからモデルの作成と予測ということでは、プリオン病というのはどういう病気であって、BSEというものはどういうふうに起こってきて、イギリスでどういうアウトブレイクが起こったという解説は非常に多かったけれど、日本はどうなるということに関しての議論が全く出てこなかったということが、パニックを起こした大きな原因だし、ある意味で自然科学者の責任放棄であったと思います。ヨーロッパでも、米国でも、オーストラリア・ニュージーランドでも専門家委員会によるウシ・ヒトへのBSEリスク分析が行われたのに対し、日本ではそうした分析はこれまで全く行われませんでした。

 それからリスク管理に関しての予防措置では、リスク回避と軽減、それは1996年に確かに肉骨粉の輸入・使用禁止措置をとればよかったんですけれど、これをとれなかったということが問題になったわけです。それから医薬品、輸血のほうの対応は、そこそことれたと思います。危機管理に関しては、発生後の飼育牛の全頭検査、それから屠場の全頭検査、特定危険部位(SRM)の廃棄、これは非常に迅速に行われました。さすがにすごかったと私は高く評価しております。短期管理対応として、検査開始前の肉の買い取り、廃用牛買い取り、死亡牛検査等の対応はとれたけれど、ご存じのように流通過程のモラル崩壊を伴って、ますます不信を生んだのが短期対応の問題です。またプリオンの検出されない24ヶ月齢以下のウシの検査をいつまで続けるか?1頭でた場合の擬似患畜の範囲をどう絞るかという問題があります。長期対応として肉骨粉をどうするか、廃用牛をどうするか、これに関してはまだ短期対応に追われているところです。行政として本気で考えなければいけないところに来ていると思います。

 リスク・コミュニケーションに関しては、最初に英国のBSEとvCJDの情報を流し続けて、日本がこのようなアウトブレイクを起こすかのような印象を与えたということは、私はメディアとして非常に公正を欠いていたと思います。それから検査方法に関しての風評被害と情報隠匿説は、説明責任が少なかったこともありますけれど、情報の本質は何か特にシグナルとノイズということをメディアが自分で理解をするべきだと思います。それはvCJDの初発例のフィーバーにも言えることです。

 それからもう一つは、私は非常に頭にきたのですけれども、北海道で獣医師が自殺したにもかかわらず、報道はほとんどこれを無視して伝えなかった。もし日ごろから言っているように、人の命が地球より重いと言うならば、出ないvCJDであれだけ騒いだメディアは、なぜこういう事態が起こったかということを分析して報道すべきではなかったでしょうか。

 それからバリデーションの説明責任ということでは、特に行政に関しては、わかる形でリスク・ベネフィットあるいはコスト・ベネフィットということを、責任を持って説明をしないと、国民は何を何のためにやっている、あるいはそれにどのくらい自分たちの税金がかかって、それは問題の解決に向いているのか、どうなのかということが理解できないわけです。それから国際標準化という点では、今後もかなり問題なのは、擬似患畜をどこまで日本としてEUと同じようにしていくのか。それから全頭検査に関しても30カ月齢以下の個体をずっと検査し続けていくのか。30カ月あるいは24カ月以下は検査でもひっかからないからやめると言えば、屠場に来るもののほぼ半分は検査をしなくていいということになって、その分のお金は別のほうに回すことができるわけです。

 それからこれは私の反省も含めて、安全と安心の差というものが、どうも理解できなかったという点があります。それからリスク評価とリスク管理の再評価に関しては、まだ今後の問題として残っていると思います。以上で私のプレゼンテーションを終えたいと思います。ご清聴ありがとうございました。

質疑応答

−− 詳細なデータに基づきます貴重なご講演をいただきましてありがとうございました。それでは、ご講演をいただいたわけですけれども、ご質疑等を受けてまいりたいと思います。ご質問がある方は名前と所属とどの先生に質問をしたいかとか、そういうことでお願いしたいと思います。どうぞありましたらお願いします。ご質疑ございませんでしょうか。せっかくの機会ですので、何かありましたらお願いしたいと思います。どうぞ。

−− 畜産会のコバヤシと申します。吉川先生にお聞きしたいのですけれども、来年の4月から24カ月齢以上の死亡牛のBSE検査が始まるのですが、これにつきまして、先生はこれによって日本でのBSE感染の原因解明のすそ野が広がるのではないか、こういうご説明があったのですが、私の心配するのは、農家にどの程度協力をしてもらえるかということです。法で決まっていますからどうせやらなくてはいけないのですけれども、実際問題、死んだウシまで検査してどうなるんだ。生きたウシは検査して食肉として流通してお金になっていく。だけれども、死んだウシはもともと検査なんかしても意味がない。そんな解釈をする農家があるのではなかろうか。こんなふうなおそれがあると。それでその説得の仕方、一般論でいきますと、そういうことで日本の感染の原因がつかめるなら協力してほしいと言っていいのか。それからもう一つ、その検査をいつまで続けたほうが一番いいのか。それに答えをよろしくお願いします。

−− (吉川) 先ほど生存曲線というか、屠場で肉になる年齢別の生存曲線を、廃用牛のところでグラフにより説明しましたけれども、例えば5歳のウシで1頭出るということはどういうことを意味するかというと、5歳まで生き残るウシは全体のほぼ1割です。大体24カ月から30カ月でほぼ半分のウシが、和牛もそれから乳牛の雄も屠場に行きますから、その後、残りの部分が3歳、4歳と一部ずつ屠場に行って、経産牛が残っていくという格好に近くなる。そうすると例えば、5歳で1頭出るということは、論理的には単純に考えればその10倍はいたということになるわけです。もし24カ月で屠場に行って、そこまでは出てきてもできないし、とても脳の中にたまるほどの量じゃないということを考えたとしても、その残りの部分である5倍の数の個体は、ある意味では検査でひっかけなければならないグループに入ってくる。

 だから確かに死亡牛個体そのものは食用に回るわけではないし、それでどうなるという問題ではないのですけれども、逆にそれがわからないと、実際の汚染がどの程度、どういうふうに起こったかということが全くわからない。そうするとある意味で検査そのもののバリデーションとか、評価もできないということになります。確かにそのウシにとってはそれ以上使われるわけではないし、肉になるわけではないので生産価値はないにしても、先ほど言ったように、ほかの情報源としては1頭で何頭分かの情報をくれるわけですから、それが無視されてしまうと困るわけです。その1頭だけの問題だと考えられると、それは非常に読み間違えたことになる。それだけの価値を持っていると説明していただけるとありがたい。それは自分たちの健康と安全のために必要な情報なのだ、1頭のウシの与えてくれるのは実際には5歳ならば10倍、6歳ならば15倍の情報を与えてくれているんだというふうに理解してもらえるとありがたいです。

 それからいつまでということですけれども、絶対にルールが守られていれば、2001年10月以降に生まれたものについては、全く問題がないので、2001年にいた500万頭のウシの検査がすべてを終わったときに、論理的には検査をやめていいわけです。年間100万頭ずつという点から考えても2006〜2007年ということになります。潜伏期がもうちょっとあるとしても2007〜2008年のところで終わると思うのですけれど、清浄国として国際的スタンダードで認められるためには最後のウシが出てから7年間出ないということを認知しないといけません。国際スタンダードではBSEの清浄国と宣言できないということは、WTO(世界貿易機関)を含めて、SPS協定(衛生植物検疫措置の適用に関する協定)がありますから、相手の国が日本のウシに対して輸入を拒んでも、日本は何も言えないということになる。あるいはウシ由来の生産物、加工品に対して同じ負荷がかかってくるので、そういう点を考えると2015年くらいまではどうしても検査を続けなければならない事になります。そこまで国民の税金を使っていかなければならないと思います。そういう感染症だというふうに理解をしてほしいと思います。

−− (コバヤシ) ありがとうございました。

−− ほかにご質問ございますでしょうか。よろしいでしょうか。それでは特にご質問等もないようでございますので、吉川先生大変どうもありがとうございました。

(終了)